多趣味で無趣味

超感情派ブログです

スーツ選び[2017-3-20]

気がつけばもう、太陽の出る時間が長くなっていた。夏という季節が少しずつ近づいている。夏といえば長期バイトと18切符。労働して金を稼いで仙台か広島あたりまで行ってみたい。

 

朝食をとりながらラップについて考えていた。いわゆるエアプなのかもしれないが。

近頃私の周りでラップを始めた人がいる。即興で韻を踏みながらマシンガンの如く言葉を紡ぐ。ラッパーというと怖そうな(個人の感想です)イメージがあったが実際は高い教養と言語能力を要するのだ。

ラップに限らず言葉遊びはおもしろいが私には難しい。押韻同音異義語、あいうえお作文とかいろいろ挙げられる。こうしたテクニックが全てではないが、使いこなせたら楽しくなるに違いない。

 

買い物をしに街にまで出た。まずは西武のデパートで靴二足、その次に昼食、そして最後にスーツを買った。

スーツ選びに関して私は全くの無知である。なんとなくストライプ柄がいいと思ったが就職活動のことも考えると黒無地が一番なそうで、がっかりした。就職活動というと没個性のイメージしかない。黒のスーツを着た姿は、何者かになろうとしたが何者にもなれなかったこともあってか、どこか虚しいものであった。

 

5時間近く外に出ただけで猛烈に疲れた。こんなのだとフルタイムの単発バイトなど不可能なのか、否、それとこれとは使う体力も気力の種類も違うしなんとかなるはずだと信じる。

 

食[2017-3-19]

目が覚めた時間と起床した時間にかなりのギャップがあった。布団から抜け出せない。

 

日曜の朝はポケモンの家からのプリキュアアラモードという一連の流れができている。しかし今日は起きる気力が残ってなかった。ポケモンの家は10分遅れての視聴となった。

プリキュアは前回の方が良かったように思えるのは気のせいか、それとも最近のテンションの低さによるものなのか。

 

午後は合格祝いということで祖父母と家族とで昼食を食べに行った。わたくしが注文したのは牡蠣と海老のフライとヒレカツの定食。白米の量が普段より多くてきつかった。そのままイチゴのパフェも頂き、無事腹痛。

 

帰宅後、そろそろ本を読まねばという思いで『読書と社会科学』に手をつけた。が、食後特有の倦怠感により7ページで断念。ついでに頭痛もしてきたので、自分は新書を読むのに向いてない人種なのではないかと本気で思い始めた。その調子だと大学入ってから絶対に詰む。新書どころか専門書を読まなくてはならないのだ。新学期が始まるまでに読み終えよう。

 

ここで寝てしまうと午後からの予定に間に合わなくなってしまう。どうしようもない焦燥感に襲われていたが、デレステをプレイすることによりなんとか眠気を吹き飛ばせた。すんでのところでマスターフルコンボできそうだったのに最後のフリックで1ミス。悔しさでさらに眠気が消え去った。フリックと階段の処理が問題点。

 

夜。昨日や一昨日ほどの厭世観がない。このブログで思考を整理したおかげなのか。自分の感情がどういうシチュエーションで変わるのか把握できたことも大きいだろう。感情はつかみどころがなくモニタリングするのが難しい、その中で大きな一歩を踏み出せたといえる。この調子で精神を強くしていこう。

ミュート[2017-3-18]

このような弱小感情垂れ流しブログでも、毎日エントリーを更新すれば少しはアクセス数稼げることを知った。誰に需要があるのかわからないが、感情と思考の整理のためにしばらく続けます。感情派なのに思考の整理とはこれいかに。

 

朝からTwitterのミュート機能について考えていた。

つい先日、特定の言葉を含むリプライの通知が来ないようにするだけでなく、タイムラインでも非表示になる機能を実装する予定であることが発表された。期間も指定できるため、嫌いな人の名前の入った空中リプライだけでなくネタバレも見ないようにできるという素晴らしい機能だ。早く実装されてほしい。

しかし現状のミュート機能は不十分である。

第一に、ミュートした相手がRTしたりいいねをつけたりすると普通に通知タブに現れる。

第二に、他の人がミュートした相手に送ったリプライは見えてしまう。

このようなことまで気にするくらいならフォローを外すべきだという指摘は受けるかもしれない。変なところ神経質になっていることは自覚している。しかしなんとかここも改善されてほしい。頻繁に流れてくる広告我慢するのでオナシャス。

 

このブログの初期エントリーを見返した。

主にお題というやらに沿って適当なことを書き綴っていこうかと思っております。

ほぼ毎日更新頑張るぞい(受験生の顔

とのことだ。

お題に従って何かを書いて文章表現力の向上を目指していたのだろう。しかし今となってはそんな目標を無視している。こうした方向転換は私にはよくあることだ。

徒然なるままに思ったことを書く、このスタンスが最も自分に向いている。有用性のある情報やおもしろネタ系に憧れているところはあるがまだそんなこと書けるレベルに達していない。

 

思考の整理方法としてこのダメブログ以外にもダメ日記というものがある。そちらでは当ブログでは書けないような内容を紙媒体でこっそりと書くスタンスでやっている。

今日は久しぶりにその紙媒体で記録をつけてみた。久しくペンを握らなかったためうまくいかなかった。ずっと握ってるだけで指が痛くなった。それにこうしたブログとは異なり、書き直しや文の挿入が本当にやりにくい。デジタルに慣れてしまった己の限界?を思い知らされた。然れど文字に起こす楽しさも少なからずある。文字を書きたくて仕方ない時は日記でも書こう。

 

日常での出来事について全く触れられてないのは特記すべき出来事がなかった、すなわち何もしないまま1日が終了しそうであることを意味する。

不注意[2016-3-17]

最近、また腹痛になる回数が増えている。大学受験が終わってから幾分か良くなったものだと思っていたのに何故なのか。それはおそらく初のアルバイト説明会が原因であろう。

 

労働という経験が(学校での委員会活動以外)皆無なため、どのようなものか分からないまま説明会会場へと向かう。行きの電車で本を読むはずがソシャゲのイベントをまわしてしまった。

受付にてちょっとしたミスを犯す。ややショックを受けたが、他にも帽子脱ぐのを忘れて注意された人はいた。びびりすぎてはならない。

説明を聞いた後軽い面接が始まる。ここで3月31日まで高校生として扱われるため、4月1日にならないと労働することができないことを知る。

なんということだ。

現在手元に1000円もないのにどう3月を過ごせばいいのか。

一応登録はできたことだし大学生になってからはなんとかなる。しかし肝心なのは今だ。また新たなバイトを探そう。

 

その日もまた気分が安定しなかった。思い返せば2年の春も3年の春も、こんな調子であった。やはり春は精神衛生によくない季節なのか。新たな出会いで高揚感溢れるものだというイメージが強かったが、陰鬱な一面も忘れてはならない。

 

春の嵐が早く過ぎることを祈るばかりである。 

無気力の日[2017-3-16]

昨夜の憤りとともに起床。特に理由のない憤りに困惑する。

 

家事をあまりにもしたくなくて親と口論。鞄を顔面にぶつけられたので他のものを投げ返し、組手のようなものをするなどした。足元が空いてたことを後から指摘され敗北感を味わった。悔しがったので思わず丁度柔道を体育でやってる妹に寝技のやり方を聞いてしまった。実戦経験をこれから積んでいこう。思い返すだけでエピソード的に当時の怒りが湧いて出てくる。

 

バイトの応募をする。虚弱なので1日だけでも構わない単発バイトにしてみた。早速明日は説明聞いたり面接受けたりすることになった。

 

他人から借りていた本がどれなのか今まで分からなかったが、やっと今日催促されてどれか分かった。春休み中にその本ともう一冊借りた本を読みたい。みたいなことを約1週間ほど前から言ってるが一向に進捗は生まれていない。FGOとツイッターを閉じられない。

 

怒りにばかりエネルギーを費やしたため感情がなくなったように思える。面接なので早い所風呂に入って寝るべきだ。書くことが喧嘩くらいしかなかった。

怒りの日[2017-3-15]

日常をおもしろおかしく叙述するムーブメントに私も乗りたいです。

 

6時代に起床。その日は大学に書類を出しに行く日だった。本来は前日に行くつもりであったが、池袋駅にて判子を忘れたことに気付いて無念の退却。今日こそはとリベンジの意気込みで朝一番乗りをめざす。

受付開始時間ちょうどに大学に着くことはならなかった。書類を提出し、記念品や入学許可書、履修案内などを受け取って帰宅しようとしたところ工学部のお兄さんが話しかけてくる。どうやら新歓や文化祭のために数千円払わねばならなかったようだ。判子の次はこれの存在を忘れてしまった。コミュニケーションに難ありながらもかろうじて会話をした。

後々知ったことだが、この支援金は有志と言う名の強制で支払わせるものではなかったようだ。

 

帰りの電車。サークル案内や履修について斜め読みをする。写真系には入りたい。履修は全く理解ならず。

 

デレステのスカウトチケットに課金することをふと思いつき、お金を下ろしてコンビニで3000円のiTunesカードを購入。しかし、いざ課金しようとすると3000円では足りない。ポイントサイトで貯めて余ったぶんの160円を足してもギリギリ足りない。これは事前に調べなかった自分に落ち度があるとはいえ、相当心にきた。怒りの1500円分買い直しを決める。

罪悪感などがありながらもなんとか課金。一ノ瀬志希ちゃんのSSRを手に入れる。絶対春休みのうちにバイトして4500円を取り戻そうな。

 

帰宅してから改めて履修案内を読んでもまだまだ理解できない。それは当然だ。一般教養などに関するガイダンスがもう少ししてからあるので、そこで理解すればいいだけである。

 

風呂に入ってから突然の厭世観に襲われる。己より持っているものが多い者への鬱結した心ーすなわちルサンチマンの表れである。

ここでいう持っているものとは、高い学歴を持つもの同士繋がっていること、恋人を持っていること、異性との経験があることなど。これらについてあれこれ語ると余計に長くなるので割愛する。

超人とはかけ離れた人間だから、あまりの怒りと無念のあまり酩酊に近い状態になった。まるで安い飲み屋で社会への不満を無責任に語る平社員のようだ。もちろん未成年なので飲酒はしていないが。

 

翌日(すなわち今日)深夜の発言を見直してみたところ、こんなこと言った覚えがない、改めて見ると見苦しい、といった感情のみが残った。自己憐憫って感じだ。

樹海に行ったことない人が樹海に想いを馳せるテスト

他人への怒りが、ふとしたことで止まらなくなることがある。今まで一応折り合いをつけたはずのことを、エピソード的にふと、その時の感情とセットでぶり返してしまうのだ。
そんな時は極力、苛立ちの原因から離れるように試みている。代わりに社会の問題やら、倫理学やら、自殺について考えようとしている。今回は自殺についてとりとめのないことを書いてみたい。

自殺というと、真っ先に青木ヶ原樹海を思い浮かべる。世界文化遺産に登録された富士の麓に転ぶ大量の死体。閑静な土地であるがため金持ちが別荘を立てる一方、その近くでは人生に絶望したものが集っている。このミスマッチさがアンダーグラウンドな姿を醸し出していると私は思う。

そこに限らず、東尋坊といったいわゆる自殺の名所ではあちらこちらに生き延びさせようとするものがある。命の電話ボックス、警察の番号とメッセージが記された看板ーーそれによって自殺を思いとどまる人間も数多くいるであろう。
しかし、それ以上に生身の人間の存在が自殺を食い止める最良の手段ではなかろうか。それも、あからさまな「死んで悲しむ人もいる!」と声を高々にして言わなくてもいい。

たとえば、青木ヶ原のバス停の近くには売店がある。自殺しに電車やバスを乗り継ぎ、死ぬ前にタバコを一服しに買いに来る人もいるかもしれない。そんな人に売店の方は一声かけることがあるようだ。そこで踏みとどまる人はかなり多いとのこと。

また、声をかけなくても、人間の存在だけでも自殺を踏みとどまることにつながる。先ほどあげた東尋坊では、ポケモンGOでレアポケモンが出るようになった結果、多くの人々が訪れるようになった。夜になっても人は多く、自殺しにくくなったという出来事があった。

私は度々、死にたさに襲われることがある。若いが故の自己破壊衝動なのか、それとも、極端の自己批判によるものなのか。どちらにも当てはまるだろう。
だが、それらはいつか乗り越えていけると変に楽観的に見ているところもある。

もしそんな日がやってきたら、青木ヶ原の近くでそれとなく自殺願望を持つものとくだらない話をする人間になりたい。

空の色や森の静けさ、美味しかったラーメン、最近笑ったギャグの話でも、なんでもいい。

これは偽善的な行為なのかもしれない。それに私はそもそも話すことが苦手である。しかしそれでも、何かできることがあるのならば、やってみたいものだ。


自殺はしなくても、樹海の中を彷徨って心を無にしてみたいわたくしでした。途中樹海関係なくなったが。